2015年5月1日〜15日
5月1日  ウォルフ〔ラインハルト〕

 ラインハルトと外で食事の約束をしていた。
 少し遅れて、レストランに入り、――まわれ右して帰りたくなった。

 あのあつかましい映画スター、グウィン・バーロウがラインハルトと話していた。

「あ、ウォルフ――」

 ラインハルトがいいわけしようとしたが、おれはさえぎった。

「バーロウ様、いまはプライベートです。お引取りください」

「おれもプライベートで来てるんだよ。レイに最近あった興味深い出来事を話してたとこ。彼、聞き上手なんだよな。さすが人気アクトーレス」


5月2日 ウォルフ〔ラインハルト〕

「バーロウ様」

「グウィンでいい。こないだは悪かったよ。仲直りの一杯だ。受けてくれ」

 ラインハルトはあさってのほうに目をそらしている。助けない。
 座るしかなかった。

「おれとルークは、あんまり仲がよくねえんだ」

 グウィンは勝手に籠からパンを取った。

「前はつるんでいたんだが、あいつ、ちょこちょこ変なイヤミを言うのさ。むかついてエロ雑誌に適当吹き込んだら、発狂しちまって。――まあ、それはいいや。とにかくあいつはクソなんだ。だが、クソだからって撃ち殺しはしねえよ。さすがに」


5月3日  ウォルフ〔ラインハルト〕

 ラインハルトが聞く。

「警察はなんだって、あなたに容疑をかけたんです?」

「……」

 おれがにらんでも気づかないふりをする。

「おれがイカレた映画俳優だからさ」

 グウィンは言った。

「サツにとっちゃ、スターはみんなヤクをやっていて、女をたらしこみ、破壊行為にいそしんでいるんだ」

「現場にいた?」

「――」

 グウィンは眉をあげた。

「現場じゃない。ただ、同じホテルにいた」

「なぜ」

「遊びにさ。ベガスだぜ。カジノで遊ぶだろ」


5月4日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 ラインハルトは言った。

「カジノで遊んでいたなら問題ないでしょ。あそこはカメラがある」

「いや、部屋で寝てたんだよ。そしたら誰かが入ってきて、ルークの部屋にむけて銃をぶっぱなし、出て行った」

「……」

 グウィンはいいわけするように、

「酒が入ってた。熟睡しきってたんだ。気づかなかった。だが、火薬痕はおれの部屋のバルコニーから出た。ついでにおれは偽名で泊まってて、ルークに挨拶もせずにこっそり帰った。いろいろと疑わしいんだよ」

 たしかに、うたがわしい。


5月5日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 ルーク・ノーマンはテレビドラマの撮影のためにそのホテルに宿泊していた。

 テラスで食事していると、グラスが破裂し、続いて駆け寄ったボディガードが撃たれた。

 警察は弾道測定から、中庭のむかいの棟があやしいと見た。その部屋に泊まっていた男を手配したところ、グウィン・バーロウだった。

 グウィンは任意聴取に出頭せず、ヴィラに逃げた。

「警察がその気になりゃ、いくらでもおれを拘置できる。エイズにされちまうよ」

 ヴィラの力でアメリカの司法に自分の無実を説得しろ、という。


5月6日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 帰ってからも、ラインハルトは事件の話題から離れない。

「あいつ、ヤクでもやってたのかな」


「……」

「それか、盛られたか。銃声に飛び起きないなんてことがあるか?」

 ラインハルトがおれの無言にやっと気づく。

「――怒んなよ。ただのヒマつぶしだ」

「おまえにはヒマつぶしでも、おれには仕事だ」

「仕事じゃない。ヴィラの外の事件だ。あんたは関係ないさ」

「じゃあ、なぜ聞いた」

「面白そうだから」

 ラインハルトは笑った。

「野次馬。あんたはかまわなくていいよ。クリスに話してみる」


4月7日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリスの名を出したが、ウォルフは釣られなかった。
 この男はドイツ人らしくルール違反を許さない。

(しかたない)

 本当にクリスにグウィンの事件を話してみる。
 ところが、クリスも乗りが悪かった。

「ああいう男はなあ」

 彼は渋った。グウィンはまともに相手をするとバカを見る人種だという。

「あいつがやったってこと?」

「知らないよ。でも、かかわりたくない」

「おれとはかかわりたいだろ」

「――」

「手を貸せ」

 クリスはあきらめて言った。

「おれは当人には会わない。おまえから話を聞くだけだぞ」


5月8日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンの新しいドムスはカエリウス区にあった。
 部屋はがらんとして、極端に物が少ない。

「酔っ払うとあちこちあたって怪我するからな」

 むぞうさに敷かれたラグに彼は遊牧民のように尻を落とし、ビールを勧めた。
 おれはビールを断った。

「宝石窃盗事件ってなんなんですか」

 これはクリス情報。
 半年ほど前、ビバリーヒルズで起きた盗難事件だ。
 グウィンはビールを飲み、

「うちの近所で宝石がなくなった。もう出てきた。問題ない」


5月9日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンはとがった声をだした。

「そいつが、今度の件に関係あるか?」

「おれがそれを聞きたい」

 おれは言った。

「噂じゃ、あんたとルークはその頃から仲が悪くなった。あんたは酔っ払うとそのへんのモノをかついで帰る習性があるそうだな。看板だの。ブロックだの。宝石を盗ったのはあんたで、ルークはそれをとがめたのか」

「あれは出てきた。解決済みだ」

「じゃ、ケンカの原因はなんだ。おれはまず、あんたが酔っ払って、ムカつく友だちに銃をぶっぱなしてないか知りたいんだよ」


5月10日 ラインハルト〔ラインハルト〕

「もし、そうなら」

 グウィンは歯を剥いた。

「おれはわざわざおまえを呼びつけて何をしているんだ?」

「わからんよ。あんたとはつきあいがない。無実だって言うなら、銃声がしても熟睡してたなんて与太はやめて、きちんと話してくれ」

 おれが強面に出ると、グウィンはおとなしくなった。目を伏せ、ビールばかりグビグビと飲んだ。
 やがて言った。

「アレキサンドライトって石を知っているか」


5月11日 ラインハルト〔ラインハルト〕

「ああ」

 光によって色が変わる石だ。ダイヤより希少と言われている。

「パム――女優のパム・ブライトンがそれを持ってた。ある日、彼女は家でパーティーを開いた。すっげえ、つまんねえパーティー。酒がねえ。魚と野菜ばっかり。クラッカーすらねえ。おれはルークに帰ると言ったが、やつは居残った。で、石が無くなった」

「……」

 彼は手で額を覆った。

「あいつ、おかしくなったんだ。賞をとってから」


5月12日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 一年前、ルークはアカデミー賞を受賞した。彼は念願のビバリーヒルズに居を移した。

「やつが来てから、三軒。近所でもの盗りがあった」

 おやおや。

「警察は?」

「被害届は誰も出してねえんだよ。ちっぽけなものだし、彼らは有名人だ。つまんねえことで噂になりたくねえからさ。でも、パムは違った」

 彼は鼻息をついた。

「あの子は騒がれるのが好きだ。警察に訴えて、ゴシップ誌に返り咲こうとした。でも、急にやめたんだ。石が出てきたって。で、その頃から、ルークと彼女はつきあいだした」


5月13日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンはつまらなそうに言った。

「ルークってのは、プリンスみたいな顔してるが、もとは野良犬なんだよ。母親は通りに立って商売してた女でさ。やつもゴロツキあがり。成功にぶっ飛んで、タガがはずれたんだ。昔の癖が出ちまった」

「それで、今度はパムを黙らせるために、寝技を使った」

 おれはあえて言った。

「そして、あんたは嫉妬して、ライフルを持ち出し」

「嫉妬したのは、おれじゃない」

 グウィンは憂鬱に言った。

「チャイナ・マフィア。そいつがパムにアレキサンドライトを贈ったんだ」


5月14日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 おれは家に帰って、リビングからクリスに電話をかけた。

 ルークには盗癖があること。
 地雷女にひっかかり、寝技でいなしたこと。
 そのせいで、女のパトロンがカンカンになって怒っていること。

「で、そのロン・ジョウってチャイナ・マフィアが、どうも当日、ホテルにいたらしいんだよ」

 チラとキッチンを見るが、ウォルフは知らんふりして鍋を見ている。おれは少し大きめの声で話した。

「グウィンは、事件の少し前から、ルークのまわりを警戒してたんだ。怪しい日本車がつけてたらしいよ」


5月15日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 グウィンの話によれば、ホテルには、その晩、映画関係のパーティーが予定されていた。
 パム・ブライトンも出席予定。
 奇跡的な偶然で、ルークも同じホテル。

「彼女が会場をぬけだし、ルークと逢引するのは火を見るより明らか。しかし、嫉妬に燃えるチャイナ・マフィアのおじさんもホテルに宿泊していた!グウィンは心配して、ルークに電話したんだが、応答せず。部屋に行って説得しようとしたが、間に合わず、バーン」


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